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判例紹介IP CASE report

オキサリプラチン溶液組成物事件

管轄  判決日  事件番号  キーワード 
知財高裁
大合議
平成28年12月8日 平成26年(行ケ)第10155号 特許発明の技術的範囲、用語の解釈、緩衝剤
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第1 事案の概要

1.事案の要旨

 本件は,発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」とする発明についての特許権(特許第4430229号。以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」という。)を有する被控訴人が,控訴人の製造,販売する製品(被告製品)は本件特許の特許請求の範囲請求項1記載の発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属する旨主張して,控訴人に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,被告製品の生産,譲渡等の差止め及び廃棄を求めた事案である。

 原判決は,被告製品はいずれも上記発明の技術的範囲に属するものであり,また,本件特許に控訴人主張の無効理由があるとは認められないとして,被控訴人の各請求をいずれも認容した。

 そこで,控訴人は,原判決を不服として本件控訴を提起した。

 

2.前提事実

1)本件発明は,以下の構成要件に分説される。

 A オキサリプラチン、

 B 有効安定化量の緩衝剤および

 C 製薬上許容可能な担体を包含する

 D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって、

 E 製薬上許容可能な担体が水であり、

 F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり、

 G 緩衝剤の量が、以下の:

    (a)5×10-5M~1×10-2M、

    (b)5×10-5M~5×10-3M、

    (c)5×10-5M~2×10-3M、

    (d)1×10-4M~2×10-3M、または

    (e)1×10-4M~5×10-4

   の範囲のモル濃度である、組成物。

 

2)被告製品は、いずれもオキサリプラチン及び水を包含し,・・・の範囲のモル濃度であるシュウ酸が検出されているが,これらのシュウ酸はいずれも添加されたものではない。

 

3.争点

 構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性

 

(注)以下、オキサリプラチンの分解によって溶液中に生じるシュウ酸を「解離シュウ酸」といい,オキサリプラチン溶液に外部から添加されるシュウ酸を「添加シュウ酸」という。

 


第2 裁判所の判断

1.本件発明について

 本件明細書の記載を総合すると,本件発明は,従来からある凍結乾燥粉末形態のオキサリプラチン生成物及びオキサリプラチン水溶液の欠点を克服し,すぐに使える形態の製薬上安定であるオキサリプラチン溶液組成物を提供することを目的とする発明であり,オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤であるシュウ酸又はそのアルカリ金属塩及び製薬上許容可能な担体である水を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物に関するものである。そして,この緩衝剤は,構成要件Gの範囲のモル濃度で上記組成物中に存在することでジアクオDACHプラチンやジアクオDACHプラチン二量体といった不純物の生成を防止し,又は遅延させることができ,これによって,本件発明は,従来既知の前記オキサリプラチン組成物と比較して優れた効果を有するものであることが認められる。

 

2.本件発明の「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,添加シュウ酸に限られるか,解離シュウ酸も含むか

1)特許請求の範囲の記載について

 特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(特許法70条1項)から,まずは,「緩衝剤」の意義について,本件発明に係る特許請求の範囲の記載からみて,いかなる解釈が自然に導き出されるものであるかを検討する。

 ア まず,本件発明に係る特許請求の範囲の記載によると,本件発明は,①「オキサリプラチン」(構成要件A),②「緩衝剤」である「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」(構成要件B,F)及び③「担体」である「水」(構成要件C,E)を「包含」する「オキサリプラチン溶液組成物」に係る発明であることが明らかである。そして,ここでいう「包含」とは「要素や事情を中にふくみもつこと」(広辞苑)を意味する用語であるから,本件発明の「オキサリプラチン溶液組成物」は,上記①ないし③の3つの要素を含みもつものとして組成されていると理解することができる。すなわち,本件発明の「オキサリプラチン溶液組成物」においては,上記①ないし③の各要素が,当該組成物を組成するそれぞれ別個の要素として把握され得るものであると理解するのが自然である

 しかるところ,本件特許の優先日当時の技術常識によれば,「解離シュウ酸」は,オキサリプラチン水溶液中において,「オキサリプラチン」と「水」が反応し,「オキサリプラチン」が自然に分解することによって必然的に生成されるものであり,「オキサリプラチン」と「水」が混合されなければそもそも存在しないものである。してみると,このような「解離シュウ酸」をもって,「オキサリプラチン溶液組成物」を組成する,「オキサリプラチン」及び「水」とは別個の要素として把握することは不合理というべきであり,そうであるとすれば,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」とは,解離シュウ酸を含むものではなく,添加シュウ酸に限られると解するのが自然といえる

 イ 次に,「緩衝剤」の用語に着目すると,「剤」とは,一般に,「各種の薬を調合すること。また,その薬。」を意味するものであるから,このような一般的な語義に従えば,「緩衝剤」とは,「緩衝作用を有するものとして調合された薬」を意味すると解するのが自然であり,そうであるとすれば,オキサリプラチンの分解によって自然に生成されるものであって,「調合」することが想定し難い解離シュウ酸(シュウ酸イオン)は,「緩衝剤」には当たらないということになる。


 ウ 更に,本件発明においては,「緩衝剤」は「シュウ酸」又は「そのアルカリ金属塩」であるとされるから,「緩衝剤」として「シュウ酸のアルカリ金属塩」のみを選択することも可能なはずであるところ,オキサリプラチンの分解によって自然に生じた解離シュウ酸は「シュウ酸のアルカリ金属塩」ではないから,「緩衝剤」としての「シュウ酸のアルカリ金属塩」とは,添加されたものを指すと解さざるを得ないことになる。そうであるとすれば,「緩衝剤」となり得るものとして「シュウ酸のアルカリ金属塩」と並列的に規定される「シュウ酸」についても同様に,添加されたものを意味すると解するのが自然といえる

 エ 以上のとおり,本件発明に係る特許請求の範囲の記載からみれば,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,解離シュウ酸を含むものではなく,添加シュウ酸に限られるものと解するのが自然であるといえる。

 なお,被控訴人は,本件発明の特許請求の範囲には,オキサリプラチン溶液組成物に「包含」される「緩衝剤の量」のみが規定され,「添加」という文言は含まれていないこと,包含とは「つつみこみ,中に含んでいること」を意味することから,本件発明の「緩衝剤の量」とは,オキサリプラチン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量であり,したがって,本件発明の「緩衝剤」としての「シュウ酸」には,添加シュウ酸のみならず,解離シュウ酸も含まれる旨主張する。

 しかし,本件発明の「緩衝剤」を外部から添加されるものに限定するとの解釈をとることが,被控訴人指摘の特許請求の範囲の記載と矛盾するとはいえない。すなわち,「包含」の意味が上記のとおりであることを前提としても,「緩衝剤…を包含する…組成物」とは,「緩衝剤をつつみこみ,中にふくむ組成物」を意味するにすぎず,これによって,当該組成物中の「緩衝剤」の由来について,添加されたものに限るか否かの解釈が当然に定まるものではなく,他の根拠に基づいて,本件発明の「緩衝剤」を外部から添加されたものに限るとの解釈をとることが,上記文言と矛盾することにはならない。同様に,「緩衝剤」は添加されたものに限るとの解釈をとったとしても,「緩衝剤の量」という文言を添加された緩衝剤の量を意味すると解釈することが,被控訴人指摘の特許請求の範囲の文言と矛盾するとはいえない。

 したがって,被控訴人が主張する特許請求の範囲の上記記載を考慮しても,「緩衝剤」としての「シュウ酸」の解釈に関する上記判断が左右されるものではない。

 

2)本件明細書における定義について

 次に,特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載を考慮して解釈するものとされる(特許法70条2項)ところ,本件明細書には,「緩衝剤という用語」について,「オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」として,これを定義付ける記載(以下,この定義を「本件定義」という。)があるので,これとの関係で,いかなる解釈が相当であるかについて検討する。

 ア 「酸性または塩基性剤」との記載について

 本件定義においては,「緩衝剤」について「酸性または塩基性剤」であるとされ,飽くまでも「剤」に該当するものであることが前提とされている。しかるところ,前記(1)イのとおりの「剤」という用語の一般的な語義に従う限り,オキサリプラチンの分解によって自然に生成されるものであって,「調合」することが想定し難い解離シュウ酸(シュウ酸イオン)は,上記「酸性または塩基性剤」には当たらないと解するのが相当といえる。


 イ 「不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得る」との記載について

 オキサリプラチン水溶液においては,オキサリプラチンと水が反応し,オキサリプラチンの一部が分解されて,ジアクオDACHプラチンとシュウ酸(解離シュウ酸)が生成される。その際,これとは逆に,ジアクオDACHプラチンとシュウ酸が反応してオキサリプラチンが生成される反応も同時に進行することになるが,十分な時間が経過すると,両反応(正反応と逆反応)の速度が等しい状態(化学平衡の状態)が生じ,オキサリプラチン,ジアクオDACHプラチン及びシュウ酸の量(濃度)が一定となる。また,上記反応に伴い,オキサリプラチンの分解によって生じたジアクオDACHプラチンからジアクオDACHプラチン二量体が生成されることになるが,その際にもこれとは逆の反応が同時に進行し,同様に化学平衡の状態が生じることになる。

 ・・・解離シュウ酸は, 水溶液中のオキサリプラチンの一部が分解され,ジアクオDACHプラチンとともに生成されるもの,すなわち,オキサリプラチン水溶液において,オキサリプラチンと水とが反応して自然に生じる上記平衡状態を構成する要素の一つにすぎないものであるから,このような解離シュウ酸をもって,当該平衡状態に至る反応の中でジアクオDACHプラチン等の生成を防止したり,遅延させたりする作用を果たす物質とみることは不合理というべきである

 ウ 小括

 以上によれば,オキサリプラチン水溶液中の解離シュウ酸は,本件定義における「酸性または塩基性剤」に当たるものとは解されず,また,「不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得る」ものともいえないというべきであるから,本件定義に照らしてみても,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,解離シュウ酸を含むものではなく,添加シュウ酸に限られるものと解するのが相当である

 

3)まとめ

 以上の検討結果を総合すれば,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,添加シュウ酸に限られ,解離シュウ酸を含まないものと解される。しかるところ,被告製品は,解離シュウ酸を含むものの,シュウ酸が添加されたものではないから,「緩衝剤」を含有するものとはいえず,構成要件B,F及びGの「緩衝剤」に係る構成を有しない。そうすると,被告製品は,その余の構成要件について検討するまでもなく、本件発明の技術的範囲に属しないものと認められる。

 

第3 結論

 以上によれば,被控訴人の控訴人に対する本件特許権に基づく請求はいずれも理由がない。したがって,これとは異なり,被控訴人の請求をいずれも認容した原判決は相当ではないから,これを取り消した上で,被控訴人の請求をいずれも棄却することとする。

 


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